小田茂子さん。
「茂三郎さんのことは、おじいさんからよく聞いていた」
茂三郎さんは、茂子さんのおじいさんである岩太郎さんの従兄弟に当たる人。おじいさん同士が従兄弟なので、茂子さんとスティーブさんは三従兄弟(みいとこ)ということになる。
「おじいさんが、茂三郎さんは立派な人だったといつも言っていた」
茂三郎さんにさそわれて、茂子さんのおじいさんもカナダにサケ漁に行ったことがあるそうだ。
80歳をすぎた彼女は、記憶の糸をたどるように何度も同じ話を繰り返しながら、だんだんといろいろなことを思い出していった。
「おじいさんからはよく『おまえたちは贅沢だ』としかられた」
おじいさんたちはカナダに行って、寒い川でサケ漁をするのに、手袋がないからぼろ布をぐるぐる手に巻いてサケを取っていたという。
「ジャップ、ジャップとよばれて、本当にキツい仕事だったといつも言っていた」
おじいさんは茂三郎さんをとても尊敬していたから、孫が生まれた時に茂三郎の名前から一文字もらって茂子と名付けた。その茂子さんは、両親を早くになくし、おじいさんに育てられた。
「おじいさんは、この島の人たちが、カナダで自分たちが働いていたくらい働いていたら、島はもっと潤っていただろうに、とも言っていた」
ふと茂子さんがつぶやく。
「たしか、みつのしょうからおよめさんをもらったって言ってたねえ。」
スティーブさんのおばあさんのことだ!おばあさんの出身地は例のスティーブさんの持っている記録にも載っていない。新情報だった。
「三庄(みつのしょう)は、因島にあるの。私は因島の出身だから」いっしょに話を聞いてくれている敦子さんが補足して教えてくれた。