食の記憶

倉敷に着いた翌日、昼食は「戸くら」という近くの和食屋さんでとることにした。

食いしん坊の母は、倉敷のおいしい店を良く知っている。そのうえ戸くらは、家から歩いて行けるくらいの場所にある。

最高の出汁で薄味に味つけられた山の幸、海の幸、細やかで繊細な和食膳に舌鼓。スティーブさんもひとつひとつの料理に感嘆し、うれしそうに箸を運ぶ。

 

茶碗蒸しを手に取った時、スティーブさんがいった。

「ちゃわんむし?」

そう。

「これ、お母さんがお正月につくってくれた。」

ええ?カナダで?

「そう、それとこの、黒豆も。さかな(田作り)も。」

お正月ってことは、おせち?

「おせち・・・そう、おせち!」

 

スティーブさんの子供の頃のお正月の記憶が戻ってくる。

「たくさんの人が次々に家に挨拶に来て、おかあさんは一日中料理を作るので台所にこもりっきりだったよ。」

「僕もお正月はいろんな家に挨拶にまわった」

一度も日本に帰ってきたことのない彼のお母さんが、カナダで作り続けた日本の味。カナダで続く、日本の風習。

言葉は戦争でとぎれたけれど、つながっていた食の記憶。

初日から胸がいっぱいになる。何だか良い旅になりそうだ。